サザエさんの「何もなさ」について

2018.03.26 Monday

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    最近やたらとサザエさんを見ている。

     

    うちはテレビは置いてないので、子どもにはパソコンで動画を見せている。

     

    3才になった息子が保育園で覚えてくるのか、仮面ライダーや戦隊ものを

    見たがるようになり、ちょくちょくみせていたが、
    内容をまだ理解できない子どもにとって、ただ異形のものを悪とみなし、

    問答無用にやっつけるのは、教育上良くないのではないかと思い、
    なるべくジブリや日本昔話など、自分の好きなものだけを見せていた。

     

    ただそればっかりだとさすがに飽きてくるので、他に何か適当なものはないかと

    探していたところ、ある日ひょんなことからサザエさんを見てみた。

     

    無害である。

     

    暴力的なシーンも無ければ、戦隊もののようなおもちゃ会社の思惑もない。

     

    これはいい。安心だ。

     

    しかし、サザエさんの凄いところは、無害であるどころか、

    愛や友情の大切さをうたうこともなければ、人生における教訓もない。

     

    なにもないのである。

     

    見終わった後に何の印象も残っていない。
    ストーリすら思い出せない。

     

    これはどうゆうことだ。

     

    この何もなさはただごとではない。

     

    サザエさんとは一体なんなのだ。

     

    サザエさんのことはもちろん知っている。
    僕が子どものころからテレビで放送していたあの国民的な人気アニメだ。
    あれはたしか土曜の夕方だったか。
    火曜にもやっていた気がする。
    週に2回もやっていたのか。すごいぞ。

     

    そんなに見ていたのなら、

    当然僕の幼少期はサザエさんにどっぷり浸かっていたわけであり、

    成長するうえでの何らかの影響を少なからず与えているはずである。

     

    そう、サザエさんと言えば・・

     

     

     

    わからない。

     

     

     

    サザエさんとの思い出が出てこない。

     

    そんなはずないじゃないか、あんなに慣れ親しんだサザエさん、
    なにか1つぐらい記憶に残っているはずだ。

     

    そうだ歌があるじゃないか。
    誰もが知っているあの有名な歌が。

     

     

    ♪おさかなくわえたドラねこ追っかけて
    はだしでかけてく陽気なサザエさん

     

     

    おお、猫を追いかけてはだしで出てったのか、

    これは面白くなりそうな予感がするじゃないか。

     

     

    ♪みんなが笑ってる、お日さまも笑ってる

     

     

    ああ、そんなサザエさんを見れば確かにみんな笑うだろう。
    それよりサザエさんはどうなったんだ?続きが気になる。

     

    しかしここで唐突に

     

     

    ♪ルールルルルッルー
    今日もいいてんきー

     

     

    である。

     

    始まりかけたストーリーを丸投げしてルールルルルッルーである。
    そこから投げやりに今日もいいてんきーで強制終了だ。

    起承転結の起しか提示していない。

    もう意味というものをまるで拒絶している。

     

    このようにサザエさんは一事が万事この調子で、
    どこをとっても雲をつかむようにするりするりとかわされる。

     

     

    サザエさんは僕らに何も与えてはくれない。

     

     

    と、ここまで書いて僕は気付いた。

     

    僕たちは日々のあくせくした暮らしの中で、

    他人から何かをもらうことばかり考えていたのではないか。
    生きることに意味ばかり追い求め、得ることにしか意味を見いだせなくなっていたのだ。
    与えてくれないものには価値がない、と思い込んでいた。

     

    そんな僕ををあざ笑うかのようにサザエさんは

    何も起こらない日常をただ陽気にすごしている。

     

    それこそがサザエさんの教えなのかもしれない。

     

    何も起こらない日常にこそ真実の安らぎがあると。
    みんなが笑って、いい天気ならそれでいいじゃないかと。

     

    サザエさんに「あなたは何者か」と問えば、彼女はきっとこう答えるだろう。

     

    「サザエでございまーす」と。

     

    そこには、どこにも帰属しない、なんの肩書きもない、

    いっさいの社会的な意味から解放された
    一人の等身大の女性が立っている。

     

    それ以上でも、それ以下でもない、ありのままのサザエさんが。

     

    何も奪わず、何も与えない。

    そして何にもとらわれない。

     

    サザエさんは自由である。

     

     

     

     

     

     

     

     

     

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    2018.11.15 Thursday

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